ニュースレター「THE DIVISION」

Message & Opinionから

 


「実用化研究にボランティア精神を」
京都大学再生医科学研究所
富田直秀


 果たして自身の研究はどれほど臨床の役に立っているのか、と自問しますと何ともふがいない感覚に襲われます。生体材料や再生医学研究をコンピュータ作りにたとえるならば、日本ではたくさんの高性能チップが作られているにもかかわらず実際に役に立つコンピュータを組み上げる技術に乏しい。その点、米国の生体材料研究は実にスムーズに臨床につながっているようにみうけられます。米国の生体材料研究に見習うべきことは多いのですが、しかし、やや商業主義的な臭いの拭いきれない欧米の発表を見聞きしますと、ああ、これも自分が目指している方向ではない、と感じてしまいます。
 研究者が客観的事実に忠実でなければならないのは当然のことですが、生体材料学のような応用研究ではさらに研究者がボランティア精神を持つことが大切なのではないかと考えます。ボランティアとは一般に「人のために無償で行う活動」と思われているようですが、これは誤解で、「自分の良心のために自ら率先して行う行動」が本来のボランティア精神であろうと思います。たとえば最新式の機器さえあれば論文にして体裁のいいデータを比較的容易に得ることができます。そういった体裁のいいデータを組み合わせることによって材料を良くも悪くも表現できる場合も希ではありません。そもそも「良い」とは科学的な考察から導かれるべき言葉ではないのですが、実用化研究ではしばしばこの良し悪しの判断が要求されます。たった一つの結果からでも「悪い」とする結論を得るのは可能です。たとえば、発癌性を強く疑わせるデータはそれだけで「悪い」の結論を導き得ます。しかし、考え得るすべての場合において良くなければ本来「良い」の結論に至ることはできません。つまり、必ず unknown factor のある実用現場においては科学的に「良い」の結論は導き得ないことになります。しかし、すべての論文が「悪い」の判断であれば実用化研究は先に進むことができませんので、開発に関わる論文では条件を限ってその中における「良い」の判断を下します。多くの場合はその条件が暗に無視されてしまい、あたかもその材料が「良い」ように理解されてしまいます。この本来科学的ではない「良い」の判断に対して、誰よりもまず自分の良心を納得させる努力がボランティア精神ではないかと思うのです。具体的には、この材料にはどこか悪いところはないだろうか、と徹底的に探そうとする努力です。
 かく偉そうに述べました私も自身の研究を振り返りますと、つい目先の業績に目を奪われて、十分な誠意を尽くさずにすぐに「良い」の判子をペタンと押してしまっているようです。何ともふがいない限りです。

(2001年10月1日発行、The Division No. 26より)


「吸収性医療用具の開発」
グンゼ(株) 研究開発部
岡 高茂  

 とりとめのない話になるかもしれませんが、おつき合いのほどよろしくお願いいたします。お話の内容は、吸収性材料を用いた医療用具に関するものであります。私どもの会社は、繊維加工業を主とする会社でありました。将来を考えると繊維加工は国内では斜陽化の傾向にあり、何とか新しい事業を始めたいという上層部からの強い要望がありました。さりとて何でもやってみれば良いというものではなく、長年培ってきた当社の固有技術も生かしたいというのも当然の要望でありました。
 ある時、国内で吸収性の縫合糸(ポリグリコール酸)を作らないかという話が舞い込みます。当社は、プラスチックの溶融押出技術、糸扱いに技術を持っており、縫合糸製造に必要な紡糸、組紐加工等で技術が生かせ、かつ将来性のある仕事と思われました。取組み過程をかいま見たことがありますが、糸ではなく液体のポリマーがボトボトと落ちている。吸収性ポリマーは、紡糸時の熱にも弱いことは当然で、シビアーな温度コントロール技術等随分と苦労をしているようでありました。現在は、ポリマー自体も良くなったこともありますが、すばらしい糸を引いております。
 次に取り組んだのがこのポリグリコール酸を用いての不織布加工。特殊な加工法を駆使して高強度の不織布を作りました。当初は、肺や気管の脆弱部分の補強材として、縫合により使用していましたが、自動縫合器が登場し、それに対応した形状(筒状)にすることにより、市場が広がりました。新しい市場を作ったのは身内ながら立派なものと思っています。
 その後、吸収性材料の研究も進み、大学の先生のご要望に応える形で、骨接合材、人工真皮を開発し、上市しました。骨接合材の材料は、ポリ乳酸でした。骨接合材としては、分解が遅く長期の強度保持が必要な点はいいのですが、強度が不充分なのが問題でありました。強度を上げるためには、延伸をすればいいということは分かっているのですが、太いロッド状のものを延伸することはなかなか難しい技術でありました。結果的に生体骨に近い強度をもつ素材を作ることが出来、現在スクリュー、ピン等に加工して上市しております。
 人工真皮は、コラーゲンスポンジであります。片面に感染防止のシリコーンフイルムを貼っております。欠損した真皮層に貼り付けておくと、繊維芽細胞が浸入し真皮を再生してくれます。細胞との馴染みがよいこと等から再生医療の足場としても応用がなされております。言い忘れましたが、上述のポリグルコール酸不織布も足場として、応用されております。
 現在上市しておりますのは以上ですが、ポリグリコール酸とポリ乳酸の中間位の分解性をもった、乳酸・カプロラクトン共重合体を用いて、人工硬膜も研究しています。硬膜の欠損部を補填しておきますと、膜材にそって硬膜様組織が再生します。再生後、膜材は分解吸収されることになります。
 その他、ポリ乳酸のメッシュで顎の形を作り、骨髄細胞を充填することにより顎骨を再建する研究など、吸収性ポリマーを、糸・不織布・織編・成形品・スポンジ等の形状に加工することにより医療用具面での応用商品開発を手がけております。
 当たり前のことをダラダラ書いただけになってしまいました。何かのお役に立てば幸いです。

(2001年6月15日発行、The Division No. 20より)


「非鉄精錬工学」において実践する生体材料研究
名古屋大学理工科学総合研究センター 第2研究室
石川政彦

 

 本来の趣旨とは異なるかもしれないこと、内容の稚拙さ、冗長さなどを最初にお詫びした上で、筆者が現在、所属している研究室(工学部内での講座名は「機能材料工学科表界面工学講座」)の「生体材料研究」を拙文にて紹介させて頂き、更にこの場をお借りして、境界領域における研究や異分野との交流の「難しさ」について日頃、筆者が考えている(若手研究者として悩んでいる!?)ことを述べさせて頂こうと思う。
当研究室は元々、「非鉄精錬工学」を専門とする研究室であり、金属電気化学を中心とした知見の蓄積を活かして、近年、環境調和型機能材料に関する諸研究を進めている。拙文にて紹介するTi合金上への水酸アパタイトコーティングに関する研究を当研究室が開始したきっかけは、愛知学院大学の福井壽男先生からのTi合金の生体内での腐食に関する依頼であったとのことである。
さて、ステンレスやTi6Al4Vなどのチタン系合金の表面にHAPをコーティングすることによって「強度」と「生体活性」という2つの特性を併せ持つインプラント材が骨折や骨欠落部分への骨の補修・補強材として切望されていることは広く認識されている通りであるが、当研究室では優れたHAPコーティング手法の開発を目的として、
水中熱基板法及びカソード電解法の2種類のコーティング法について検討してきた。
水中熱基板法】[1],[2]
 HAPの溶解度積はlog
KSP = - 8219.41 / T - 1.6657 - 0.098215 TKSP /(mol L-1)9;HAPの溶解度積,T / K;絶対温度)で表され[3]、4℃以上では温度の上昇に伴ってHAP溶解度が単調に減少する。このことを利用し、水溶液中で試料を通電加熱することによって基板表面にHAPが析出することを利用したプロセスが水中熱基板法である。具体的には、ゾル−ゲル法やプラズマスプレー法などでは良好なHAPコーティングが困難とされる3Dポーラス材[4](骨との密着性の改善《アンカー効果》を目的として表面に100 mm程度の金属ビーズを2〜3層焼結させた基材)をコーティング対象に研究している。
 Ti試料として?ビーズを焼結していない平滑板材(厚さ0.3 mm)と?この上にTi6Al4Vの直径100 mm程度のビーズを3層、1523 Kで3.6 ks間、Ar雰囲気下で焼結したポーラス試料の2種類を用い、交流電流(〜30 A)を流すことにより試料を所定の温度(110〜140 ℃)まで加熱した。平滑板材についてはエメリー紙(#120〜#2000)により表面を研磨して実験に供した。CaCl2 7mMとCa(H2PO4)2 3 mMを含有したものを基本溶液とし(200 mL)、pH7を基準としてNaOHにより4〜8に調整した。溶液濃度は基本溶液の0.1倍〜10倍まで変化させた。更にCaCl2の添加量を変化させて、Ca/Pのモル比を1.0〜2.0まで変化させた。
?平滑板材; 基本溶液のpHを4 〜 8まで変化させて15 min.間加熱した実験から、pH 6 〜 7を境界として、低pH溶液ではCaHPO4(モネタイト,ブロック状)が、高pH溶液ではHAP(針状)が主として析出した。これは、HAPとモネタイトの溶解度のpHによる変化(低pH溶液ではモネタイトの溶解度の方がHAPのそれより小さいが、高pHではHAPの溶解度の方が小さい [5])によく一致した。更に、pH 8では溶液中の殆ど全てのカルシウムならびにリン酸イオンがHAPとして沈殿を形成し、溶液中のイオン濃度が大幅に減少したため、基板上に殆ど析出しなかったものと考えられた。エメリー紙研磨により基板表面粗さを変化させて析出物の形態の変化を調べた所、いずれもHAPの析出が確認されたが、研磨傷が粗いほど、その研磨傷に沿って非常に細かいHAPの析出が認められたのに対し、#1200以上の研磨では析出物の個数は減少し、個々のHAPは若干大きく成長していた。
?ポーラス試料; HAPコーティング後もビーズにより形成されていた空隙が埋まることなく、原形に近い形を保持しており、更に空隙内部にまでHAPの析出が認められ、極めて良好なコーティング状態であることが判った。
以上の結果から、
水中熱基板法が3Dポーラス材のような複雑な形状の基材の原形を保ちつつ、HAPの均一埋め込みが可能な、優れた手法であることが示された。
カソード電解法】[6]
 リン酸カルシウム水溶液を電解すると、カソード電極近傍でOH-イオンの濃度とHPO42-の解離によるPO43-の生成によってHAPの核生成が促進される。HAPの過飽和度をカソード電極であるチタン合金上でのみ高めることによって薄膜コーティングするプロセスが
カソード電解法である [7] [8], [9]。従来法では水がカソード還元され(2H2O + 2e = H2 + 2OH-)、発生した水素気泡が電極表面に付着してHAPの緻密な核生成・成長を妨げるという問題が生じるが、当研究室では過酸化水素H2O2の比較的低電位での還元(H2O2 + 2e = 2OH-)を利用し、水素発生を避けつつ密着性を改善出来るHAPコーティングプロセスについて、pH,カソード電位などの条件を詳細に検討した。
純Ti板を作用極,飽和カロメル電極を参照極,白金を対極に用いた三電極セルを用いて定電位にてカソード電解実験を行った。電解浴はH2O26 mass%aq.200 cm3にCaCl2・2H2O, Ca(H2PO4)2・H2Oをそれぞれ1.4, 0.6 mmol溶解、pHをNaOHで調整し、液温36.5, 55 ℃とした。
H2O2添加した電解浴からの析出物は多数の緻密な針状粒子から成っており、XRDの結果から析出物が結晶性の低いHAPであることが判った。また本研究の条件下では、生成した膜はH2O2添加量,pH,カソード電位に依らず、全てHAPと判断された。住友3M製のスコッチテープによる剥離試験の結果、HAP膜の良好な密着性が確認された。析出特性の電解浴pH依存性に関しては、高pHにおける析出物の方が若干高いHAPピーク強度(XRD)を示す傾向が観られた(pH 5.5より高いpH領域では電解浴調製時に白沈を生じた)。カソード電位依存性に関しては、-0.8 Vでは緻密な膜が得られたが-1.2 Vでは電極上での析出量及び被覆率の減少が観察されるという結果が得られた.これはカソード電位の増加に伴う水酸イオン生成速度の増大によってpHの上昇範囲も拡大し,HAPの核生成が電極上だけでなく液中でも起こったために、カルシウム,リン酸イオンが電極に到達する前に消費されてしまったものと考えられた。また、-0.8 Vより低いカソード電位ではHAPの十分な析出速度が得られなかった。H2O2添加時(-0.8 V vs. SCE)と等しい電流密度(約0.8 mA/cm2)、即ちOH-イオン生成速度を得るために、H2O2無添加では-1.6 Vの印加が必要であり、この条件下で得られた膜はH2O2添加時と同様の形態の膜であったが、XRDピーク強度の低下が観察され、水素発生を伴うことと併せ、膜密着性の悪化が懸念された。
以上の結果から、
H2O2添加したリン酸カルシウム水溶液のカソード電解法が、比較的低いカソード電位で密着性の良いHAPコーティングを達成出来る、優れた手法であることが示された。
なお、実験方法の説明はかなり簡略化されていること、また、メールによる配布のため、図の使用は控えさせて頂いたことをお詫びする。詳細は参考文献をご参照頂きたい。
 筆者は名古屋大学河本邦仁研究室の非常勤研究員時代(平成10年10月〜平成12年3月)にアパタイト関連の研究を開始し、平成12年4月に現在の研究室に移って今日に至っている。これまで化学工学で半導体CVDプロセス、セラミックスで電子材料・生体材料プロセスを研究し、更に「非鉄精錬工学」の研究室で生体材料研究を続け、この間、一貫して感じていることが冒頭に述べた「境界領域における研究」「異分野との交流」の「難しさ」であり、拙文では一般論でなく筆者のごく狭い経験に基き、内容も限定して述べさせて頂く。
 正しくニーズを把握し実用に結び付く研究をしているか、当研究室の例では「おたくの研究室のHAPコーティング技術は本当に使えるようになると思いますか?」という質問をされたとして、必ずしも研究室のスタッフ全員が自信を持って「Yes」と答えられる状況ではない(と筆者は思う)。これは筆者自身の不勉強も含めて、医学サイドとの交流の少なさに起因している。
in vitro, in vivoの様々な知見の勉強と実践、医用材料メーカーの開発事情の把握等、「非鉄精錬工学」の立場からは様々な障壁があり、医学の本場で研究されている方、教授や組織の責任者が医学サイドから持ってきた情報の供給を受けられる方とは異なる事情にある。しかし、役に立つ研究をすることが工学の役目であり、これ無しでは大学の工学部といえども一般社会から不要とされるのであるから、個人レベルででも努力(情報収集、共同研究など)することは可能なだけでなく必要である。
 その一方で、組織論からは「競争力のある研究」、当研究室の場合は「非鉄精錬工学」の知見の蓄積を活かせるが故に、他の研究グループに対して優位に立てる研究をしなければならない。従って、研究の進展次第では研究開始時点ほどの興味が無くなり、同時に研究室が競争力を持てなくなる領域に踏み込んでいくために、そろそろこの辺で撤収しようか、といった判断を研究室全体の方針として下す可能性も生じてくる。基礎的知見の深化のために領域の細分化を余儀なくされている現代の諸科学の現状を考慮すれば、大学の工学部が工学基礎の確立をも任務とする以上、これもまた、必要且つ当然の態度である。これは基礎研究が実用に結び付いたのかどうかとは別の原理で生じてくる事情である。これは当研究室に限らず、筆者がこれまでに何度か経験してきたことであり、この辺に異分野からの貢献を試みようとする研究の難しさの一因を感じている。
一般には広く様々な立場と意見があることを承知の上、あくまで筆者の私見として述べさせて頂きました。諸先生、諸先輩各位よりのご叱正、ご意見を頂けましたら幸いです。
E-mail; ishikawa@cirse.nagoya-u.ac.jp

【謝辞】
研究紹介は日本学術振興会・未来開拓学術研究推進事業研究プロジェクト「バイオミメティック材料プロセシングの開発」への報告書原稿を基に執筆しました。名古屋大学工学部材料機能工学科の興戸正純教授、黒田健介助手に感謝致します。

【参考文献】
[1] K. Kuroda, et al., in submission to J. Biomed. Mater. Res.
[2] K. Kuroda, et al., to be submitted to J. Biomed. Mater. Res.
[3] J. C. Elliot: メ
Structure and Chemistry of the Apatites and Other Calcium Orthophosphatesモ, Elsevier, (1994), p. 157.
[4] C. A. Simmons, et al., J. Biomed. Mater. Res., 47 (1999), p. 127.
[5] [3]と同文献, p. 4.
[6] Z. Zhao, et al., Proc. Second Intntl. Conf. Processing Materials for Properties, The Minerals, Metals & Materials Society, p.1097, Nov. 5-8, 2000, San Francisco, USA.
[7] J. M. Zhang, et al., J. Electroanalystical Chem., 452 (1998), p. 235.
[8] J. Chen, H. Juang, et al., J. Mater. Sci., Mater. Med, 9 (1998), p. 297.
[9] M. Shirkhanzadeh, J. Mater. Sci. Lett., 10 (1991), p. 1415.

(2001年5月15日発行、The Division No. 18より)


「経皮デバイスとセラミックス」
厚生労働省 国立循環器病センター研究所
生体工学部
古薗 勉

  
 小生は1984年から96年にかけて12年ほど臨床工学技士というコメディカルの立場で血液浄化療法(特に血液透析)に従事してきた。この業務に就いた頃、人工腎臓(ダイアライザー)のタイプがコイル型から中空糸型へと大きく変貌し、またブラッドアクセスとして外シャントがほとんどみられなくなり内シャント(動静脈吻合術による静脈の動脈化)へと移行していた。この内シャント出現のお陰で頻繁に起こっていた外シャント留置による感染や血管閉塞が劇的に減少し、患者のQOLが飛躍的に向上した。しかしながら頻回穿刺が必須となり慢性血液透析が痛みを伴う治療法へとなった。中には内シャント閉塞を繰り返し、シャント作成術を頻回に行う患者も存在した。それは現在でも同じ状況である。
 21世紀の臓器不全治療に用いる人工臓器は装着型そして完全埋め込み型へと移り変わると予想されている。臓器移植および再生医療が飛躍的に進んだとしても、移植へのブリッジとして間違いなく人工臓器は必要である。さてシステムとして装着型・埋め込み型人工臓器が発達してきても、果たして生体と完全に密着し感染を防止できる経皮デバイスや埋め込み材料が存在するのだろうか。おそらく体外循環による血液浄化療法の発展において内シャントが考案された一つの要因は、長期生体内留置に耐えられる材料が無かった点であろうと推察され、現在でもこの問題は克服されていない。外シャントは過去の産物として考えられていたが、在宅治療(安全性の向上)、医療費削減、患者の自立、QOLの向上、治療時の疼痛緩和、および装着型人工臓器の発達を考慮すると、生体に密着し長期安定でかつ感染を防止する高度化したデバイスが再び出番となってくると思われる。
 ここでセラミックス製経皮材料に焦点を絞ると、アパタイトを経皮端子として応用した先駆的な仕事は青木らによって報告されている(H. Aoki
et al., MED. Prog. Technol., 12, 213(1987)。実際に本端子は皮膚のダウングロースを十分に抑制したが、しかしながらセラミックス自体が有する堅い・もろいという欠点と端子を装着した患者の可動性に問題があったとPaulらから指摘されている(M. Paul, et al., ASAIO J., 40, M896 (1994))。その後、セラミックス製経皮デバイス開発に関する研究が数例報告されているものの、こういった材料は患者の生命に直接結びつくものではないだけに、十分な検討がされることなく時代の移り変わりと共に徐々に先細りになっていった。
 さて、臨床を経験した小生は生体と医療機器の末端とを繋ぐ接点が重要であるという想いが材料工学研究者になってもくすぶり続けていた。1999年、科学技術庁無機材質研究所第10研究グループ(現:独立行政法人 物質・材料研究機構 物質研究所 生体材料グループ)のポスドクとして勤務して初めて、この想いを少しずつではあるが現実できる機会を得た。生体内で溶解性の低い焼結体アパタイト粒子をカテーテルおよびインプラント材料として知られているシリコーン(生体不活性材料)表面に共有結合を介してコートし、アパタイトの生体活性を付与する技術を考案した(T. Furuzono, K. Sonoda, J. Tanaka,モ Nucleation of Hydrxyapatite on an Inert Polymer Surface by Covalent Linkageモ,
Trans. MRSJ, 25, 915 (2000). T. Furuzono, K. Sonoda, J. Tanaka,メA Hydroxyapatite Coating Covalently Linked onto a Silicone Implant Material, J. Biomed. Mater. Res., in press. )。この方法によるとシリコーンの元来有する柔軟性を損なうことも無く、局所的にコートすることにより必要なところだけに生体活性が付与でき、また患者が装着部の違和感を感じることも無いと考えられる。現在ではナノテクノロジー科学の概念に立って、無機物と有機物との結合様式、およびアパタイト粒子の形態制御等に関して検討を重ねている。
 前述したように、時代は繰り返すと考えられる。すなわち一旦は注目が薄れたものでも、科学技術が進歩・成熟し、また時代の要請があると自ずと脚光を浴びるものへと変貌する。小生のこれまでの臨床および工学・医学研究の経験から経皮材料はリバイバルヒットの一つになると信じている。

 

(2001年4月4日発行、The Division No. 15より)


「話題になる研究」
愛知学院大学歯学歯科理工学講座
伴 清治

 

 私は歯学部に属していますので歯科関係の話題の中から,歯周組織誘導再生材料エムドゲインィのことをまず説明したいと思います。
 この物質はブタの歯胚の酸性抽出物を精製・凍結乾燥して作られる生体由来タンパク質である。このエムドゲインィは,その周囲に細胞が誘導され付着すると,セメント質,歯根膜,歯槽骨を形成する細胞に分化する働きをもつとされている。1995年にスウエーデンで商品化され,日本では1997年ころより,歯科臨床系雑誌で盛んに特集記事が組まれ,臨床系学会では著名な歯科医学研究者達が効用を確証する研究成果を発表し,こぞってそのすばらしさを賞賛した。しかし,非加熱製剤であるため医療用具回収クラスIII(その製品の使用等が、健康被害の原因となるとはまず考えられない状況)ではあるが,万全を期すため特定ロットを2000年11月15日から自主的に回収する旨が販売会社より発表された。これ以降,このエムドゲインィ関連の記事は日本国内の歯科系学術雑誌・商業誌から消えさり,あれほど礼讃した人々も沈黙を守っている。
 これは日本の研究者の一貫性のなさを示した典型的な例といえる。話題だから,流行しているから,研究補助金が採択されやすいからという理由で,研究テーマを選択する風潮が日本の研究者には多いように思われる。
 最近の生体材料研究では再生医療関係が話題の中心となっている。この分野には公的機関による研究組織・建物の設置が決定している。また,政府予算から多額の研究費が配分されるようである。マスコミは頻繁に取り上げ,特別講演会やシンポジウムが幾度も開催されている。まるで,一時の超伝導フィーバーを彷彿させるような状況である。再生医療関連研究でなければ学会で注目されない,研究費も獲得できないといった危機感を感じてしまうのは私だけではないと推察する。
 しかし,話題になる研究のみが最先端なのであろうか?人類の幸福に貢献するものなのか?他の人がやらないような研究こそ独自性があるのではないかと思う。何年にも渡り,基礎データを積み上げ,すぐには脚光を浴びないが,長い目で見ればきわめて有意義な地道な研究というものも正当に評価されるべきである。研究助成金の採択もこのような視野に立って審査して頂きたい。再生医療はもちろんきわめて重要な分野であり,最先端技術・機器を用いて果敢に新しいテーマに挑戦することも研究者として当然であり,何も異論はないが,このような危惧を抱いていることも事実である。個人的な意見として書かせていただいた。ご批判を賜れば幸いである。

(2001年3月16日発行、The Division No. 14より)


 

「医学と工学の協同に期待する」
(株)神戸製鋼所
松下 富春

 バイオマテリアルの研究開発には「医学と工学の協力が不可欠である」と言われて久しく、現実に協同で優れた成果を挙げられているグループもある。高齢者社会を迎えたわが国の政策においても、医療・福祉分野の技術開発に多額の研究費が投じられるようになり、工学分野の研究者が材料、計測、設計、計算機工学などの技術を駆使して、医療分野の研究・開発に取組んでおられる。しかし、「研究対象であった材料が臨床に応用されて、医療上優れた結果を示さなければ成功したとは言えない」こと1)を意識した場合には大変な目標を設定したことになる。かく言う私は生産技術の研究・開発と実用化に永年従事してきたが2)、何かの縁で「人工股関節の研究・開発とその企業化」に取組むことになり、現在に至る過程で種々の課題に遭遇し、両者の差異を痛感している。
 バイオマテリアルやそれに関連する技術が工業製品やそれに関連する技術と異なる最大のポイントは、「医用として安全であることが、臨床試験で証明されること」、臨床応用により優れた性能を確認するために「10年単位の追跡が必要である」ことである。臨床試験で優れていることを証明し、厚生省から承認を受けるだけでも4〜5年を要し、基礎研究から含めると10年単位の歳月と多額の費用が先行投資として必要である。企業人の立場で見ると、工業製品の場合でも研究段階からスケールアップを行い実用に至るまでに5年単位の年月を要することは多々あるが、途中に小スケールで性能を評価し、市場の反応を確かめて将来性を予測できる。しかし、医用製品では製品の将来性(良く売れるものになるか)に関係なく、まず臨床試験が必要で、臨床試験をしようとする製品候補品は必ず育つものとの予測が立つものである事が望まれる。それでも経営の立場の人には大決心が必要なのである。
 それが故に、研究・開発の目標を安易に決めてはならない。「治療に効果があって、経済性も成り立つ」もの、すなわち、治療上のニーズ(情報)に医学と工学がどのように対処できるかを十分議論し、目標を設定すべきであろう。工学系の研究者が「自分の想い」だけで研究・開発を進めるのは、まさに研究費の無駄使いに陥ることの危険が非常に高いと思う。バイオマテリアルやバイオメカニクスなど工学系の研究者が実力を発揮できる場面は多々ある昨今、天才的な独創的発想のできる人は別として、ちょっと入口で立ち止まって「何を研究・開発の目標にすべきか」を、医療上のニーズを知った上で考えるようにしたいものである。(思いのままに勝手なことを述べましたが、ご容赦下さい)

参考文献
1) 山室隆夫:生体材料,
18[6] (2000) 245.
2) 松下富春:塑性と加工,
40[464] (1999) 835.

(2001年3月2日発行、The Division No. 13より)


「生体材料分野における用語の定義」
奈良先端科学技術大学院大学
大槻 主税

 "The Division"の読者は,材料と生体との関連に興味を持つ方々で,その専門は様々です。材料学や医学,歯学,生化学の専門家が集う学際領域です。それぞれの立場や専門分野の違いで言葉や情報の共有の難しいところがあります。生体材料分野における用語の定義を調べる機会がありました。話題作りになればと思い,ご紹介いたします。
 生体材料分野は材料と医学に携わる研究者,開発者,臨床医が,それぞれの立場からら独自の異なる見解を持っている場合が多く見られます。学会として用語の定義にConsensusを確立するために,欧州バイオマテリアル学会は1986年にConsensus Conferenceを開催しました。その会議内容は1冊の本として報告されました1) 。さらに欧州バイオマテリアル学会は, 1991年に第2回会議を開催して内容の見直しを行いました2) 。これらの会議での意見を以下にまとめました。未だ明確には定義ができない用語や,研究の進展に伴い新たに用いられ始めた用語も多くあります。慣習として用いられている語も多くあります。それらを含めて,Williamsは生体材料分野における用語を辞書としてまとめています3) 。

(1) Definitions with consensus(総意を得た定義)

  • Artificial organ(人工臓器)
    「生体の臓器の一つの機能を一部または全て代替する医用装置」(第1回会議)
  • Bioactive material(生体活性材料)
    「生物学的活性を誘引または調節するために設計された生体材料」(第2回会議)
  • Bioadhesion
    「細胞もしくは組織の材料表面への付着」(第1回会議)
  • Bioattachement
    「機械的なかみ合わせを含めた,材料の表面への細胞もしくは組織の固着」
  • Biocompatibility(生体適合性)
    「特定の応用において,適切な宿主応答(host response)で働く材料の能力」(第1回会議)
  • Biodegradation(生分解)
    「生体系によって成立する材料の崩壊」(第2回)
  • Biomaterial(生体材料)
    「身体の組織,臓器または機能を,評価,処理,増加または置換するために生体系に接する材料」(第2回会議)
  • Bioprosthesis
    「生きていないか処理されたドナー組織で一部もしくは全部が構成されている埋入可能な人工補綴物」(第1回会議)
  • Bone bonding
    「インプラントと骨マトリックスの間における理化学的な過程の連続状態の確立」(第2回)
  • Host response
    「材料の存在に対する生体系の反応」(第1回会議)
  • Hybrid artificial organ(ハイブリッド人工臓器)
    「生きている細胞と一つまたはそれ以上の生体材料の組み合わせで出来ている人工臓器」(第1回会議)
  • Implant(インプラント,埋入材)
    「上皮よりも下に一部もしくは全部が埋め込まれ,生体内に置かれることを意図して,一つまたはそれ以上の生体材料で作られた医療器具」(第1回会議)
  • Inherent thrombogenicity
    「材料表面によって制御される血栓形成」(第2回会議)
  • Medical device
    「ヒトの病気やその他の状態の診断,または病気の治癒や鎮静,処置,予防に用いられるための器具,機械,装置,装置,考案品,生体外薬品,その他の同様または関連した物品で,いかなる部品や部分,付属品をも含む」(第1回会議)
  • Prosthesis(人工補綴物)
    「身体の肢,臓器または組織を置き換える用具」(第1回会議)
  • (2) Provisional definitions(仮の定義)

  • Bioresorption(生体吸収)
    「生理学的環境下で細胞の活動もしくは材料の溶解で除去される過程」(第1回会議)
  • Graft(移植片)
    「受容部分の再建のために,ドナー部分から受容部分に移される生きている組織の一部または生きている細胞の集まり」(第1回会議)
    Autograft(自家移植片):受容する個体を源として得られた移植片。ドナーと受容者が同一。
    Allograft(同種移植片):受容者と同じ種の他の個体から得た移植片。
    Xenograft(異種移植片):受容者と異なる種の個体から得た移植片。
  • Percutaneous device(経皮デバイス)
    「皮膚を通る医療用具で,かなり長時間にわたりその場に留まるもの」(第1回会議)
  • Permucosal device
    「粘膜表面を通る医療用具で,かなり長時間にわたりその場に留まるもの」(第1回会議)
  • Transplant(移植組織)
    「受容部分の再建を目的として提供者から受容者へ移される,臓器のように完全な構造物」(第1回会議)
  • (3) Definitions without consensus(総意のない定義)

  • Foreign body reaction(異物反応)
    「外来の材料の存在によって引き起こされる通常組織作用の変化」(第1回会議)
  • (4) Terms to be deprecated(反対が唱えられた用語)

     

    参考文献

    1. "Definition in Biomaterials", Ed. by D. F. Williams, Elsevier, Amsterdam (1987) pp. 66-71.
    2. D. F. Williams, J. Black and P. J. Doherty, "Biomaterial-Tissue Interfaces", Ed. by P. J. Doherty, R. L. Williams, D. F. Williams and A. J. C. Lee, Elsevier, Amsterdam (1992) pp. 525-533.
    3. D. F. Williams, "The Williams Dictionary of Biomaterials", Liverpool University Press (1999).

    (2001年2月16日発行、The Division No. 12より)


    「21世紀の医用セラミックスに対する期待」
    日本セラミックス協会会長
    岡村 鐘雄

     20世紀も残り僅かとなりましたが、今世紀は私たちを取り巻く環境がめまぐるしく変化してきました。特に通信の分野は、みなさんもご存じのように急ピッチで変化し、このニュースレターが利用している電子メールも今や世界各国で当たり前の時代になりました。また、医療が進歩し高齢化社会になって来ました。医用セラミックスの開発は、実用化までに長い時間と多額の費用がかかり、またリスクも高いことから敬遠されがちですが、私たちは病気やけがで苦しんでいる人たちに少しでも貢献できることを願って、敢えて困難を乗り越えなければなりません。基礎的な材料開発からスタートし、動物実験や臨床試験を経て製造承認を獲得するまでに長い期間と労力を要しますが、安全のためには必要なことです。人工骨補填材や人工股関節用骨頭は、医療分野に貢献している代表的な製品ではないかと思っております。
     さらに、最近では、ニュースなどでもよく伝えられていますが、失われた生体組織や損傷した臓器などを薬や人工材料で治療するのではなく、細胞を使って元通りにしようという考え方が出てきました。21世紀にはこういった細胞を使った再生医工学が1つのトレンドになるのではないでしょうか?また近年、生体の理にかなった構造や生体内で起こっている反応を真似するというバイオミメティック法による材料合成の研究も盛んになってきました。低エネルギーでセラミックスが合成できるため、環境に優しいという点でも注目されています。今後は環境問題も念頭において生体材料を開発する必要が出てくるのではないかと思います。そのためには大学や企業などの独自の研究開発はもちろんのこと、産官学がこれまで以上に手を取り合い、連携して研究開発を行うことも必要と思われます。
     さて、まもなくやってくる21世紀はどのような時代になるのでしょう?医学が発達し、これまで治らなかった病気が治せるようになったり、これまで以上に寿命を延ばすこともできるかも知れません。対処療法的な発想から根治療法的な考えにも変わっていくことでしょう。21世紀を心身共に健康な時代にするためには、私たちセラミックスに関わっている者を含め、医用材料に携わっている研究開発者の活躍が大いに期待されます。如何に世の中に貢献できるかを常に考え、人々が幸せになれることを願って新しい製品開発を行っていくことが肝要と考えております。
     21世紀が皆さんにとって実の多き事を祈っております。

    (2000年12月4日発行、The Division No. 7より)


    「人工骨のゴールはどこに」
    山口大学 工学部 機能材料工学科
    順天堂大学医学部整形外科学教室
    井奥 洪二
    Koji IOKU

     人工骨のゴールはどこにあるのか。通常の工業製品では、電磁気特性をある目標値にできる限り近付ける、強度をある設定値以上にする、というように目標が明確であることが多い。これに対して、医療の分野では、治療を受ける人の生活様式や人生の考え方によって、目標が多岐に分かれている。同じ症状であっても、治療への要求が異なることも珍しくはなく、このため治療法にも選択の余地が生まれてくる。例えば、治療に多少の時間がかかっても、長い人生で日常生活に支障のないようにして欲しい、と望む子供とその両親。数週間先のステージにはどうしても立たなければならないため、10年先のことよりも現在を最優先して欲しい、と望むミュージシャン。職業が神主であるため、日常生活を多少犠牲にしてでも、背筋をまっすぐにして立つことができるようにして欲しい、と望む人など種々様々、正反対の要求も生ずる。したがって材料研究者は、人工骨を作るといった漠然とした意識では不十分で、材料がどのように使われるのか、という具体的な意識を今以上に強く持つ必要がある。
     筆者は、文部省在内研究員の制度を利用して、1990〜1991年に東京大学医学部整形外科学教室、2000〜2001年に順天堂大学医学部整形外科学教室に身を置き、動物実験や細胞培養実験を行い、さらに手術の見学や症例検討会の場などで様々なケースに出会い、人工骨の到達目標を設定することの難しさを痛感している。医療分野で使用される材料の評価には、通常の工業材料よりも客観性を取り入れるのが難しく、またプライバシーの保護を必要とするため、改良までのフィードバックにも時間がかかる。開発された当初には評価が高く、医療レベルの向上にある程度貢献したものの、数年後には材料が上手く機能しなかった症例も複数報告されている。例えば、手術の数年後には割れてしまったり、骨よりも剛直すぎて骨と力学的に調和できず、材料周囲の骨に悪影響を与えてしまう材料、気孔率が低いため、骨組織の進入が良好でなく、機能を果たせなかった多孔体などである。材料の形状、微構造そして材料の臨床的使用方法によって、手術後10年ぐらいでどのような状態になるのかが、今明らかになりつつある。またこの10年間で、医療技術も、急激に進歩しているため、材料の使用法にも再考の余地が生じている。例えば、1年間に約10 cmも骨を伸ばすことのできる骨延長術は通常目にする方法として定着し、ここでは治療を支援する材料の開発や道具の改良に目を向けるべきであろう。
     今、材料研究者に求められるものは、材料科学の知恵と情報もさることながら、哲学ではないだろうか。医療の現場を正しく知り、人間や人生を深く見つめることによって生ずる意識である。残念ながら我が国では、この意識が生まれる教育環境、研究環境が整っているとは思えない。解決策として、まず現状を知ることからはじめる、メディカルインターンシップ制度を提案したい。すなわち、材料科学者が医療現場に身を置く制度である。教授も学生も企業人も、例え数週間という短期間であっても、病院でのボランティア活動、症例検討会への参加、手術の見学、経過観察を行うことによって、患者や医師が何を望んでいるのかを具体的に知るのである。
     医療現場の中から眺めている今、生体材料工学の現状に小さからぬ不安が生じてしまうのである。

    (2000年11月16日発行、The Division No. 6より)


    「高齢化社会と超高齢社会」
    無機材質研究所
    田中 順三

     ときどき「超高齢化社会」という言葉を耳にする。しかし、のついた「高齢社会」とのついた「高齢社会」という言葉は使われても、それを合わせた「高齢社会」という言葉は存在しない。「高齢社会」と「高齢社会」の違いを考えながら、生体材料の将来についてコメントしたい。
     「高齢
    社会」は、今さら言うまでもなく高齢人口割合(65歳以上の人が全人口に占める割合)がどんどん増えていく社会のことである。今のわが国はまさに高齢化社会で、ここ10年で高齢人口割合はおよそ6%増加している。それに対して、「高齢社会」は、高齢人口割合が20%をこえてほぼ一定になった社会を意味する。わが国の場合、2020年に高齢人口割合が約25%で一定になり超高齢社会になると予測されている。
     それでは、2020年以前の「高齢化社会」とそれに続く「超高齢社会」では何が変化するであろうか。最も大きく変化すると予想されるのが、医療産業の構造である。「高齢化社会」では、お年寄りが増えつづける。そのため、市場は拡大し、医療費の削減があっても市場はshrinkしない。しかし、「超高齢社会」では、事情は大きく変化する。つまり、高齢人口割合が一定になり市場の拡大は止まる。そのため、現状のままでは医療制度の改革と相まって、市場はshrinkすると予想される。結果として、2020年を境にして医療産業では、体質の強くなった企業は生き残り、弱い企業は存続できなくなるだろう。
     21世紀は福祉医療の時代と言われる。それは、別の側面から見ると生体材料が次世紀の重要な国際戦略物資になることを意味している。米・英・仏・独などの先進諸国では、高齢人口割合は右肩上がりではあるが、その増加率はきわめてゆっくりとしている。そのため、自国内の市場拡大は期待できない。結果として、膨大な人口を抱え、今後発展が期待される極東アジアの市場がビジネスのターゲットになる。我が国の高齢化につづく韓国の高齢化、さらに中国の人口増加は魅力ある市場に写るに違いない。
     現在、世界各国で医療技術の基礎研究が盛んに進められている。とりわけ米国は、NIHに生体工学コンソーシアム(BECON)を設立し、数億ドルをこえる研究資金を投入して軟骨・肝臓・腎臓・心臓・眼・神経・皮膚などの研究にとり組んでいる。新しい医療技術とデバイスによって極東アジアの市場を占有しようとする戦略が根底にあるようにも思える。それに対して、わが国の医療材料はほとんどが海外からの輸入に頼っており(小久保先生:THE DIVISION No. 1, Message & Opinionを参照されたい)、余程がんばらないと米国の独走になるように想像される。
     近年、新しい医療分野が開拓されようとしている。特に、ゲノム・生化学を取り込んだ再生医学が世界的に注目されている。今後、一足飛びに再生医学に行かないまでも、それに繋がる新しい医療技術が進展すると期待される。そのような先端医療が進むためには、それを支える生体と融和する材料が必要であろう。さらに、新しい先端医療を実現するためには医学と工学の連携がますます大切になるだろう。
     わが国では、医療費は30兆円を越える勢いで増えつづけている。そのため、医療費も社会資源・経済活動とバランスさせて抑制せざるを得ない状況にある。しかし、医療費を抑制した結果、患者と家族のQuality of Life「生活の質」を低下させることは絶対に避けるべきであり、科学技術の視点だけでなく産業ビジネスの視点を取り入れた生体材料の研究を進めることが、結果としてQOLの向上に貢献すると思われる。

    (2000年11月1日発行、The Division No. 5より)


    「THE DIVISIONのめざす研究者ネットワークの構築と情報発信」
    東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
    中村 聡 

     研究者のネットワーク化が必要だと言うことはご承知のように今に始まったことではなく、昔から言われてきたことである。実際に生体関連セラミックスの分野でも、私が知る限りでも20年以上前からネットワーク化の動きはあり、産学官の連携によるプロジェクトが行われるなど、それなりの成果をあげてきた。しかし、現在ではネットワーク化をもっと強力に行い、横断的な研究体制を作る必要がある様に思える。国研の再編成は目前に迫っており、大学の独立行政法人化も既にタイムスケジュールが作成されているようである。企業においても企業内部だけでなく、企業相互間の統合も起きてもおかしくない状況である。今後近い将来、研究環境はドラスティックに変わるものと覚悟しなければならない。
     また、日本の科学技術政策の4つの柱は、生命科学、環境、材料だそうで、生体セラミックスの分野は一見みごとに合致しており安泰の様に見えるが、これらに関する種々のレポートを一読でもすれば、決してそうではないことは明白である。生体セラミックスの分野において、アジア諸国の急速な成長や米国の充実した基礎研究体制に対抗しうる国際競争力を、数年のうちに獲得しなければ、DV1で小久保先生が警鐘を鳴らしておられるように、この分野そのものが消失する可能性すらある。
     そこで、新たな研究体制を作り出す前段階として、研究者ネットワークの構築が必要になるわけである。その第一歩として研究者同士の意見の交換、研究内容のディスカッションが速やかに交換できる公平な場を作るというのが、THE DIVISIONの発行の狙いの1つであるといっても良いと思う。
     つい先日開催されたセラミックス協会の秋季シンポジウムにおいても多数の生体関連セラミックスに関する発表が行われた。その研究内容は優れたものが多く、研究内容では決して欧米にひけを取らないのは明白であった。しかし、何故これが研究及び製品の国際競争力と直接結びつかないのかといえば、情報発信力の差が一因であると思われる。世界中が無視できないような形で情報発信する必要性があると思われる。現在、DVは日本語でのみ配信しているので、海外への情報発信力は皆無に等しいが、将来的には英語版も作成したいと考えている。
     DVは日本セラミックス協会の生体関連材料部会が今のところ中心となって発行しているが、部会に属さない方々にも既に編集に参加いただいている。THE DIVISIONは日本セラミックス協会の一部会の機関誌ではない。生体関連セラミックスに関する研究者のための、メーリングリストを使ったローコストの(従って基本的には無料かつ無報酬の)研究ネットワーク構築と情報発信のための武器である。皆様の積極的なご参加をお待ちしております。

    (2000年10月18日発行、The Division No. 4より)


    「THE DIVISIONと生体関連セラミックス・メーリングリスト」
    奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科
    大槻 主税

     The Division編集のまとめ役をしております大槻です。所属は、奈良先端科学技術大学院大学(Nara Institute of Science and Technology;通称はNAIST(ナイスト)URL http://nara.aist-nara.ac.jp/)の物質創成科学研究科です。生体関連セラミックス・メーリングリストは、NAISTの情報科学センターが管理する曼陀羅情報環境設備(「曼陀羅システム」)において有志が運営するメーリングリストの環境を利用させて貰っています。NAISTでは、書類を必要としない連絡事項は基本的に全てE-mailで行われます。研究科や教員、学生、委員会などそれぞれのグループにメーリングリストがあり、案内や問い合わせなどがやり取りされます。2年前に着任したときには、よくメールを見落としていて「メールで知らせてあったでしょう」と言われました。今でもたびたびその手のミスをしていますが、私にとって重要さの判断がしにくいのがE-mailの難点と感じています。その反面、自分の必要とする情報や知らせたい情報を、瞬時に多数の方に届けることができますので、情報を得たり共有するには便利な連絡方法です。
     その利点を活かして、生体関連材料分野の情報交換をより活発にするために本メーリングリストを立ち上げました。日本セラミックス協会生体関連材料部会ホームページの紹介にありますように、「生体関連材料部会は生体と関連の深い材料におけるサイエンスとテクノロジーに興味をもつ会員の集団で・・・・この部会は若手からベテランまで幅広い年齢層から構成されており、また地域的にも日本全国からメンバーが集まっている。」ので、気軽により早く、疑問や知りたいことを全国の幅広い研究者・技術者に尋ねることができ、それに対してそれぞれが得意とする分野からの意見を交わす手段として活用されればと思います。
     参加者として、幅広い分野と年齢層からの意見を頂ければと思い,生体関連材料部会に登録されている皆様にはメンバーに加わっていただきました。この分野を先導し多くの成果を出してこられた方々から、これから生体関連材料を勉強する方々まで、幅広く参加いただいております。これも当メーリングリストの面白いところと思っております。メーリングリストに不慣れな方もいらっしゃると思いますが、ご寛容いただいて、この分野の発展のためにご意見を投げかけて頂きたくお願いします。
     去る5月にハワイで開かれた世界バイオマテリアル学会で山下先生から、メーリングリスト立ち上げと同時に、情報発信のためニュースレターを発行したいとの意向をうかがい、図らずも大槻が取りまとめをすることで「The Division」の配信がスタートすることになりました。見切り発車ではありますが、とにかく取り組んでみて皆様からの意見を伺いながら軌道修正するつもりで、No. 1とNo. 2を配信いたしました。No. 2での山下先生の言葉にありますように、関連諸分野の活性化と研究者の交流、情報交換の促進など、いろいろと話題を提供していきたいと考えております。生体関連材料の分野は、境界領域で言葉や情報の共有の難しい点もありますので、「The Division」が「生体関連セラミックス討論会」や「生体関連セラミックスビギナーズセミナー」と同様に共通の話題作りのきっかけとなれば思っております。「The Division」の編集委員には、Nature、Science、Journal of Biomedical Materials Research、Journal of Materials Science: Materials in Medicine、Biomaterials、日本セラミックス協会学術論文誌、Journal of American Ceramic Society、生体材料、Journal of Sol-Gel Science & Technology、Dental Materials、Dental Materials Journal、Journal of Dental Research、無機マテリアル、Phosphorus Lettersなどの雑誌から,関連がある論文をご紹介いただきます。整形外科関係の情報もお願いしております。また、NEDO、科学技術振興調整費など競争的資金を用いたプロジェクトで関連すると思われる研究・開発課題をご紹介いただきます。今後は、企業からの製品に関する話題も取り上げていく予定です。ニュースレターの原稿作成は,全てボランティアで行っていただいております。「The Division」への要望や投稿は、部会長の山下先生か大槻までお願いいたします。
     不慣れな点がたくさんあり、運営では何かとご迷惑をお掛けし、またいろいろとご支援をお願いすることもあると思います。メーリングリストとThe Divisionが皆様に親しんでいただけるよう取り組みますので、何卒ご協力をお願いいたします。

    (2000年9月30日発行、The Division No. 3より)


    「ニュースレターNews E-Mail for Ceramics Research Forum in Medicine, Biomimetics, and Biology THE DIVISION刊行にあたって」
    日本セラミックス協会生体関連材料部会長(H12〜13年度)
    東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
    山下 仁大

     この4月より初代部会長の京大院教授小久保先生の後を引き継いだ山下です。東医歯大の生体材料工学研究所(通称は生材研で以前の医用研)で無機材料分野(http://www.i-mde.tmd.ac.jp/index.html)を担当しています。
     さて、奈良先端大の大槻編集長と、東医歯大生材研の中村副編集長の尽力により本ニュースレター(以下DV)の刊行に辿り着くことができ、DV創刊号(No.1)は9月1日に配信を開始した。DV刊行の目的は、生体材料を研究する関連諸分野の活性化と、研究者の交流および情報交換の促進。関連分野についてはセラミック材料科学のほかに金属やポリマーを含むバイオマテリアルおよび歯科理工分野、医歯学系臨床分野、生化学、薬学、理工学など多数の分野を念頭においている。DVの名称“THE DIVISION”はこれらの分野や学会の部会を意味していると考えてもらいたい。
     したがってDVの具体的な目標はまず、1)生体関連材料の最新研究論文の要約の流布。材料系雑誌に限らず、医歯学系、生化学、薬学、勿論関連の理工学系雑誌、NatureやScience、Cell、PNASといった有名所からも記事をピックアップしたい。なお、編集委員会で見落とした情報は編集委員会まで是非連絡願い、なるべく多くの研究者に重要な情報を共有してもらいたい。次には2)関連企業の参画。各社の製品紹介、開発状況あるいは求人広告の掲載も結構。企業側からの積極的な参加は関連学術分野の発展に不可欠で、是非各社の協力を仰ぎたい。また企業の研究者に限らず、大学や研究所の個人あるいは組織の研究成果の掲載も好ましい。
     また、3)大所高所からのメッセージや意見の紹介。既にNo. 1で小久保前部会長から寄稿いただいた。趣旨に沿っていれば雑感でも結構で、大学や企業、研究所の中堅、若手の方にも積極的に寄稿願いたい。良識の範囲内である限り、なるべく原形のまま流布したい。4)学会、部会の関連ニュースの告知。研究会の開催やプログラム、学会賞の推薦などの全会員への通知。
     今後はできればbi-weeklyに刊行して、メール上のディスカションなどを可能とする双方向のDVにしたい。第1面に列挙した編集委員が大変な精力を注ぎ込んでいる。企業、研究所あるいは臨床系の方々にも是非編集委員会に加わっていただいて、一層有意義な情報メールにしてもらいたい。
     バイオマテリアルの研究は他の機能材料に比べやや遅く始まったが、先達がバイオマテリアルを世に出して既に20年近くは経過している。これらの材料は臨床現場で申し分のないものだろうか。細胞工学から組織工学、いまや臓器工学という用語まで飛び出すほど、バイオマテリアルを取り巻く概念は耳目を集めるに十分すぎるまでに進化した。さて概念ほどにその産物は医療現場に浸透しているのだろうか。2000年紀も始まり、あと半年もすれば21世紀もスタートする。「次世代」という表現も色褪せてしまう。しかしながらここが踏ん張り所ではないかと考える。小久保前部会長がDVNo.1で述べているように、“わが国のバイオマテリアルの研究・開発環境は恵まれている。”地に足をしっかりつけて、一方で材料学を愉しみながら、真の人工生体材料にたどり着きたいものだ。学際領域中の学際領域。とても一人や二人の力では達成困難であろう。本DVが、視点を異にする多くの研究者や利用者の協力の一助になることを願う。

    (2000年9月14日発行、The Division No. 2より)


    「医用セラミックスの現状と将来」
    京都大学大学院 工学研究科材料化学専攻
    小久保 正

     去る6月25〜28日、オーストラリアのシドニーで、AUSTCERAM 2000 が開催された。オーストラリアセラミック協会が2年に1度開催するセラミックスの学術講演会である。日本やアメリカ、韓国、中国、台湾、シンガポールからも多数の参加者があった。その3日間の30セッションに及ぶプログラムの中で、医用セラミックスに関するセッションは、4セッションを占め、この国では医用セラミックスはこんなに盛んなのかとの印象を与えた。
     しかし、これは、プログラム責任者のProf. Besim Ben-Nissanの懸命の努力によるものであった。オーストラリアからの出席者の話によれば、オーストラリアでは、地下資源が豊かなので、これを輸出することにより、生活を豊かにすることができる。従って、地下資源をわざわざお金をかけてセラミックスに加工し、高機能化することなど期待されていない。中でも、医用セラミックスは、これを商品化している企業が無いので、大学や、国公立研究所の研究成果は、生かされる可能性が無い。この国の医用セラミックスは、すべて輸入に頼っており、患者は自分の体に合った物を選ぶことが困難である。
     幸か不幸か、我が国は地下資源に乏しい。従って、我々は、原料を輸入し、これを加工し、付加価値を高めて、高機能のセラミックスを開発することが期待されている。幸い、我が国には、医用セラミックスを商品化している企業が8社以上ある。大学や、国、公立研究所の研究成果が生かされる道が開けている。患者は自分の体に合った国産の製品を容易に選ぶことができる。患者候補者の一人として、我々は幸せだと思う。
     しかし、こんな恵まれた環境にもかかわらず、日本で使われている医用器材の80〜90%は、輸入品だと言う。少なくとも医用セラミックスに関する限り、その研究は世界をリードしている。商品の品質は、世界一である。それにもかかわらずなぜ、国産品の市場占有率こんなに低いのであろうか。
     日本企業の、医用セラミックスの部門の力が弱いためではなかろうか。1970年代から80年代にかけては、かなり多くの日本企業がこの分野に進出しようとした。将来、成長産業になるだろうと期待したからである。しかし、いざ取り組んでみると、実用化迄に長い期間と多額の費用を要することがわかった。この点は、医薬品と同じであるが、実用化後医薬品は大量に消費されるのに対し、医用セラミックスは、一人の患者に一度使ったら二度と使わなくて良いものをめざす。大量消費を期待できない。そこで、少数の企業が残り、しかも、この部門の人員が抑えられた。そこで、企業は医師たちに、日本の製品の良さを売り込む力を持つことができない。新しい製品を開発するために、人も資金も大胆につぎ込むことができない。
     今や、日本の医用セラミックス産業は危機に立っている。日本の医用セラミック企業が、互いに協力しあって、日本製品が外国製品に優ることを多数の医師に認識させ、その市場占有率を100%にまで高めることが求められる。外国製品を追い出すだけでなく、自家骨に代えて医用セラミックスを使う医師を増やす努力も求められる。市場規模を拡大することによって、企業経営陣のこの部門に対する認識を変える必要がある。こうして余力が生み出されれば、次世代の世界をリードする新製品の開発も可能になるであろう。新製品の開発に当たっては、大学や、国公立研究所が世界をリードする研究で先導することが求められる。こうして、日本発のユニークな製品が生み出されていけば、日本はもとより外国の医師達もこれを使うことを欲し、商社がこれを世界に広めるであろう。その時、日本の医用セラミック産業は、日本の誇るべき産業となる。
     もし、これに失敗すれば、日本の中から医用セラミック産業は、消え失せるであろう。その時、我々は、自分の体に合わない、輸入品の医用器材を高いお金を払って使うしかない。多額の社会保険料がこれに使われることになる。さもなくば、我々は、高価な医用器材を使うことあきらめて、寝たきりになって死を待つしかない。その介護のために、またしても多額の社会保険料が使われることになる。こうして我々は貧しくなる。

    (2000年9月1日発行、The Division No. 1より)


    最終更新日:2004年8月3日

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