ニュースレター「THE DIVISION」

Message & Opinionから


"Bone, Biomaterials and Better Bone Grafts"
Serena Best (The University of Cambridge)


(2003年10月発行、The Division No.38より)


「次はBT 〜日本のバイオベンチャービジネスへの期待〜」
名古屋工業大学材料工学科 
春日敏宏

最近の小泉内閣メールマガジンにBT(BioTechnology)なる語の解説がされていた。これは、免疫や発生・再生など生物が持っている様々な機能についての研究成果を活用する技術領域のことをいうらしく、7月に政府が「BT戦略会議」を立ち上げた、とのことである。これまでのいわゆるバイオテクノロジーのイメージとは違って、医療を中心とした戦略となっている。ITバブル後の経済が苦戦している中、次の経済政策にはBT、ということらしい。ネーミングが少し安易な気もするが、生体材料関連研究を意識している者にとっては何某かの意味でチャンスかもしれない。

先日、名古屋で開催された東海再生医学研究会(第2回)のパネルディスカッションでは、バイオベンチャーへの大きな期待が挙げられていた。再生医療に特化したベンチャーが欧米ではすでに多数旗揚げしているのに対し、日本ではJ−TEC、オステオジェネシス、等、数社が名乗りを上げたにすぎない。これまでの医療材料がほとんど外国製品に市場をとられ完敗状態であるのに、最近の再生医療までもが敗北への道を歩みつつあると指摘する医学研究者(医師)が多かった。アジアでもすでに、韓国、中国(上海)の再生医療ベンチャーが販売実績を出している。しかし、日本の再生医療用アイテムについては未承認で、もちろん販売実績はない。

日本のバイオベンチャー創出への課題として、厚生労働省の諸認可についての高く厚い壁をいかに克服するかを挙げる人が多い。筆者も10年以上前ではあるが企業勤務の時代に臨床試験申請業務に携わったことがある。そのレスポンスの遅さにはかなり悩まされた。その体制は今も変わらないようなので、実際の製品化にたどり着くまで、小さなベンチャーでは体力が持たないことも多いと思う。世界一厳しい(というより、遅い)医療用具に関する諸認可制度を何とか改革していただきたいと切に思う。経済産業省経済局で挙げられている産業クラスター計画でも、バイオベンチャー育成に関するプロジェクトはいくつかの地域で数件あり、期待されていることは事実である。「早くバイオベンチャーを立ち上げてください」との掛け声に加えて、医療用具に関する諸認可申請の重圧緩和に関する声にも考慮いただいて、省庁局間の横断的かつ弾力的な戦略をお願いしたい。BTの躍進のためにはこれらの改革が最も重要かもしれない。もちろん、開発研究者側としては、オリジナリティと有用性を求めた製品開発を意欲的に行わないと結実しないのは自明である。ベンチャー企業の提出してくるアイテムは、おそらく「失敗したらそれで終わり」という厳しい状況下で、背水の陣を敷いて医療研究者・医師他との強い連携をベースに開発され、差別化が図られた、有用な材料・技術のはずである。

欧米に遅ればせながら政府がBT戦略を打ち出してきたことを契機に、医・工および産・学がうまく連携したベンチャー起業体制がこれから作り出されるはずである。バイオセラミックス研究に関しては、日本はトップクラスであるとよくいわれる。この中にはBT戦略のために利用されるべき重要な成果がすでに多数蓄積されている。我々DV読者の方の中からもバイオベンチャーが創出されるかもしれない。もし起業されたケースが現れたならば、我々の研究もさらに活性化され、新たな展開が生まれる可能性も高くなるように思う。「BT」という大きな戦略の中では骨再生等は小さな分野かもしれないが、高い経済効果を生み出すための一翼を我々も担っていると信じ、セラミックスをベースとする生体材料研究を進めていきたいと思う。

(2002年8月発行、The Division No.36より)


「生体材料に携って10年−これまでとこれから−」
京都大学工学研究科 材料化学専攻 
川下将一

 私が生体材料の研究に携わり始めてから、今年の春で早10年が過ぎた。まだ若輩者であるが、研究を始めてから今日現在までの自分を振り返り、今後の自分の課題について少し考えてみたい。

 1992年、京都大学工学部工業化学科で行われた、各研究室の講座紹介において、小久保教授の講演を聞いたことが、私が小久保研究室に入るきかっけとなった。工学部学生でありながら少しばかり医学にも興味があった私は、「工学部でも医学に関係する研究が出来る」と分かり、「是非ここ入って頑張ろう」と決心した。

 小久保研に配属されて決まった研究テーマは「リンイオン注入法によるがん放射線治療用ガラス微小球の構造と化学的耐久性に関する研究」であった。周りの先生方や先輩にも恵まれて、比較的興味を持って研究できたが、4回生時は目を見張るようなデータはあまり得られなかった(と思う)。また、実験に用いる試料は企業から提供され、それが来ないことには実験を始められないので、私は、暇を見つけてはイオン注入やガラスの構造に関する文献を読んでいた。結局、学部を終える春に1度学会発表したものの、実用化には程遠い(ガラス微小球でなくガラス板で実験していた)段階で卒業研究を終えることになった。

 その後、修士課程に進学してしばらくしてから、少しずつではあるが研究が前に進み始めてきたが、私にはさらに博士課程にまで進んで研究を深められる自信がなかったので、修士課程を終えたら当然企業に就職するものと思い込んでいた。しかし、ある日、小久保教授から「博士課程に進学する気はないか。」との打診を受けた。色々悩んだ挙句、博士課程に進学して十分な研究成果を挙げる自信は私には依然なかったが、自分の研究自体には大いに興味を覚えたので、「やれるところまでやってみよう」と思い、博士課程への進学を決意した。

 その後、周囲の人々に何度も助けられながら、1998年に私は博士の学位を取得できた。また、研究の最終目的である、がん放射線治療用リンイオン注入ガラス微小球も、膨大な時間と費用をかければ、何とか作製できそうな段階にまで来た。その直後、私は研究の転機を向かえた。高周波熱錬という会社が、小久保先生の放射線治療用ガラス微小球についての新聞記事を見て、「当方ではセラミック微小球を比較的安価で容易に作れますので、これをがん治療に使えないでしょうか。」と申し出てきたのである。会社から提供されたセラミック微小球の真球度はきわめて高く、しかもその化学的耐久性はきわめて優れていたので、イオン注入により作製されたガラス微小球は、高周波熱錬で作製されたセラミック微小球にすぐに取って代わられた。

 研究対象の変更が決まった直後、私は「これで私の書いたイオン注入に関する論文はあまり参照されなくなる。」と思い、一抹の寂しさを覚えた。しかし、最近では「私の行った研究があったから、現在の研究も存在し得たのではないか。もしそうなら、私の研究も意味あったのではないか。」と思うようになった。この件を通じて、材料というものは、後発の物性の良い材料が生まれれば、それにすぐ取って代わられる運命にあり、前の材料に拘っていては前に進めないことを痛感した。

 その後、日本学術振興会のポスドクを経て、1999年11月に小久保研究室の助手になって以降は、研究室の学生を指導し、がん治療用材料以外にも様々な生体材料の研究に携わっている。生体材料に限らず、研究を進めるに当たっては、何度と無く大きな壁にぶつかる。しかし、その壁を乗り越え、真に優れた材料を産み出せば、それが医学部へと持ち込まれ、目の前で実用化への階段を一歩ずつ上っていくのを実感できる。これは、生体材料の研究に従事していればこその醍醐味ではないかと思う。私が指導した学生達がこの醍醐味を味わい、少しでも彼らが社会の第一線に出てからも生体材料に関わる仕事を続けたいと願うよう研究指導すること、これがこれからの私の大きな課題ではないかと思う。本DV誌の編集長も、上記の課題を克服する一助になれば幸いと思って務めさせて頂いている次第である。

(2002年7月発行、The Division No.35より)


「The Divisionの波及効果」
九州工業大学大学院 生命体工学研究科 生体機能専攻
宮崎敏樹


 2000 年9 月のニュースレター「The Division」の創刊以来、編集委員としてその運営に
参与させて頂いている。最近、創刊当初の目的である、生体関連セラミックスについて
の情報交換や話題提供以外にも波及効果が現れていることを実感する。
 その中で最も大きなものは教育的効果である。「The Division」では、最新論文の要旨
和訳を「INFORMATION ON RESEARCH & DEVELOPMEMT」として掲載しており、ご
覧になった方も多いことと思う。私はこの章の編集にあたり、担当している雑誌の中か
ら選んだ報文の和訳作業を、研究室の学生に一部分担して頂いている。その際、なるべ
く各学生の研究テ−マに関連したものを与えるようにしている。自分の研究を進める上で
文献を読むきっかけを与えるためである。数日後に学生の持ってきた和訳を読めば、各
人の英語能力や生体関連セラミックスに対する認識の度合が手に取るように把握できる。
全般にきちんと訳せているもの、文中の単語をテクニカルタームとして捉えていないも
の、各単語の訳にとどまり全体が文章として意味を成していないものなどその出来は
様々であるが、日頃文献を学生に与えても、その理解度までなかなか把握できていない
ので、「The Division」の編集作業はそれを知るための好機である。
 さらに、最新論文の周知効果も少なくない。我々も多忙ゆえに最新論文のチェックを
怠りがちであるが、そのような時「The Division」は見落としていた報文を気付かせてく
れる貴重な存在である。
 今後生体関連セラミックス・メーリングリストや「The Division」がますます活発に機
能し、一層多くの方々がこれらの運営や編集に携わって頂けることを希望したい。

(2002年6月発行、The Division No.34より)


「第2フェーズをむかえた生体用セラミックスの研究」
東京工業大学大学院 理工学研究科 材料工学専攻
岡田 清

 アパタイトを中心としたリン酸カルシウム系の生体用セラミックス材料は,研究され始めてから約30年になろうとしています.”材料”の開発には一般的に長い時間がかかることを考えますと,この間の生体用セラミックスに関する研究の進展は全体的には着実であったと言え,既にいくつかの実用的な材料が開発されています.それらの実用材料の1つとして人工歯根が挙げられます.例えば,私自身も実際に約10年前に青木秀希教授(当時東京医科歯科大学)が開発したアパタイトを溶射コーティングしたチタン金属の人工歯根をインプラントしています.(余談ですが,日本セラミックス協会の百周年記念の「炎のセラミックス」のインプラント手術の場面で登場しているのは私の口の中です!)アパタイトが確かに自分の骨と”くっついているらしい”という実感を自分自身で直接味わっていることになります.しかし,生体用セラミックスに対する当初の一般の見方は,野次馬的に言えば,「本当にそんなものが骨とくっつくのかいな?」といった目で見られていたのではないでしょうか.多くの研究者・技術者の努力と時間の流れとが生体用セラミックス材料の有効性,重要性を一般的に認めさせ,”材料”として市民権を得られることにつながったと言えます.この間に生体用セラミックス材料の発展に日本が果たした役割には全ての面で大変大きなものが有ります.このように確かにセラミックスが生体用にも使えるのが認識されるようになったところまでが生体用セラミックス材料としては,第1フェーズと言えるのではないでしょうか.

 タイミングの良いことに,新世紀を迎えました.これからは生体用セラミックス材料にとって第2フェーズが始まることになります.幸いなことに既にその胎動が見られ始めているように私には感じられます.私のように長くどっぷりと”セラミックス”に浸かってしまった人間にはとうていできないことですが,セラミックスにとらわれずより広い視野から生体と材料とのアクションを積極的に意識して,新しい機能性の優れた生体用材料の開発を模索していこうとする動きです.

 生体,特に,人間にとって良い生体用材料とはどんなものなのでしょうか?私には特性や機能の観点だけから生体用材料を考えるのは少し片手落ちではないかという思いがあります.つまり,生体には自己修正・修復能力があります.例えは良くないかも知れませんが,トカゲは危険が迫ると自分のしっぽを切り,それが修復されることはよく知られています.このような能力は多かれ少なかれ生物には備わっている能力といえます.つまり,生体の自己修復能力を補助するだけでなくその能力を引き出すように働くことができるような材料こそが望ましい生体材料なのではないでしょうか?単なるリプレース材料に止まっているのでは充分とは言えません.もちろん,現時点でそのようなリプレース材料でさえ充分には実現できていないことは分かっています.しかし,リプレース材料に関するコンセプトは既に第1フェーズで提案され,ある程度実現されてきたことです.第2フェーズでは,これまでよりも進んだ新しいコンセプトを掲げ,研究の発展を目指すべきだと思います.私には,そのような目標の1つとして生体の自己修復能力を向上させる方向が重要ではないかと思えるのです.

 わが国は,人類がいまだ経験したことのない速さで超高齢化社会への移行を迎えます.そのような日本であるからこそ,この視点が非常に重要ではないかと考えます."Young at heart"な気持ちを持つ研究者・技術者に是非その可能性を切り開いていって欲しいと思います.そのような潮流に私自身も加わることができれば,とても幸せだと思っていますし,自分自身が老後にはそのような高度な生体材料の恩恵に浴すことができる時代になることも願っています.


(2002年1月発行、The Division No29より)


最終更新日:2004年8月3日

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