国立大学法人 九州工業大学

村上研究室

  以下は旧HPに記載していた古い内容です.

  はじめに

当研究室では,光励起により様々な機能を発現する半導体材料の開発とその反応機構の解明を目的に研究を行っております. 具体的には、環境浄化やエネルギー変換を引き起こすことができる光触媒やこれらを応用した光触媒電極,さらには,太陽電池などの光電変換材料などです. 地球環境に調和できるようなクリーンエネルギー材料を創成するとともに,分光法をはじめとする様々な手法によって,これらの反応機構を解明することにも重点を置いております.

  光音響分光法による半導体微粒子の評価

半導体の機能は,半導体内の電子や正孔の挙動におおきく支配されるため,その状態や分布を知ることが重要です. 半導体微粒子は,大比表面積や量子サイズ効果などのナノ特有の特性を期待することができますが,その一方で,そのままの状態で微粒子の電気測定を行い、電子や正孔の挙動を捉えることは容易ではありません. これに対し,分光法による半導体の評価は古くからおこなわれており,動作系に近い環境において,電子や正孔の「光吸収」を検出することによって,これらの評価をすることができます. しかし,微粒子では光散乱が起こるために,通常の分光法で微粒子の光吸収を正確に測定することは難しいといった問題点があります. このような試料の分光測定に有効なのが,光音響分光法(PAS)です.
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光音響セル(旧型ですが・・・)
これまで我々の研究グループでは,PASを用いた半導体微粒子の分光評価を行ってきました. PASを用いた半導体微粒子の評価法は,これまでに多数報告されていますが,その大半は光吸収特性を評価したものです. 我々の研究グループでは,従来のPASを発展させた,二重励起光音響分光法(DB-PAS)を開発し,これを半導体微粒子に適用することにより,酸化物半導体中の励起電子の挙動を抽出することに成功しています. この挙動を解析することにより,酸化物半導体の欠陥量電子の反応性電子注入量を評価することにより,光触媒の反応機構の解明を行ってきました. また,PASの特徴を活かし,光触媒の反応熱を検出することにも成功しています.
現在,測定の「幅」を広げるために改良した「新型」光音響測定セル(自作)を用い,以下の研究内容を推進させています.

より詳しい内容は,以下をご参照ください.

  1. 光音響分光法(Photoacoustic Spectroscopy; PAS)

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図1:光音響効果の原理.(1) 励起光照射(吸収),(2) 光エネルギーが熱エネルギーに変換,(3) 熱エネルギーを使って物質が膨張,(4) 元に戻る(熱的緩和). (1)~(4)を繰り返すことにより「音」が発生する.
  光音響分光法(PAS)は,1880年にA. G. Bellらによって発見された光音響効果を利用した分光法であり [1],光熱変換分光法の一つである. 当初は,気体の分光法としての研究がほとんどであったが,1976年に,A. RosencwaigとA. Gershoによって,固体の光音響効果の理論が確立され [2],その後幅広く利用されるようになった.
  PASは,光吸収によって生じた励起種が脱励起する際に放出される熱を,雰囲気物質の熱膨張によって生じた圧力変化(音波)として検出する手法である(図1). 励起種が他の反応によって消費されなければ,光吸収に相当する熱が放出されるため,発生した音波をマイクロフォンにより検出することで光吸収を見積もることが可能である. このように,PASは音波によって光吸収を評価する手法であり,透過・反射分光のように試料に当たった後の光を検出する必要がないため,微粒子の分光測定の際に問題となる光散乱の影響を受けることなく,そのままの状態での測定が可能である. また,励起光の強度に比例して光音響信号が増大するので,光源とセンサを最適化することにより,非常に高感度な測定を行うことができる. PASは,深さ分析が可能であったり,その信号に熱的特性が反映されることなど,従来の分光法にない特徴を有しており,生体イメージング,ガス分析,物質の非破壊検査などに応用されている [3].

[1] A. G. Bell, Am. J. Sci., 20 (1880) 305.
[2] A. Rosencwaig, A. Gersho, J. Appl. Phys., 47(1976)64.
[3] 沢田嗣郎編,光音響分光法とその応用─PAS,学会出版センター(1982)

  2.1. 二重励起光音響分光法(Double beam Photoacoustic Spectroscopy; DB-PAS)

  通常のPAS測定では,変調された断続光を試料に照射し,生じる光音響信号をマイクロフォンにより検出し,同期成分をロックイン測定する. 二重励起光音響分光法(DB-PAS)[1,2] では,通常のPAS測定系において,断続光とともに定常光を定常的に同時照射し,定常光照射にともなう試料の光吸収の変化を検出する手法である. 実際の光の吸収量は,断続光による吸収と定常光による吸収の和になるが,このとき生じる光音響信号はロックイン測定(交流信号から特定の周波数と同期する成分のみを抽出する微小信号検出法)を行っているため,断続光による吸収のみを観測することができる(図2).

[1] N. Murakami, O.O.P. Mahaney, T. Torimoto, B. Ohtani, Chem. Phys. Lett., 426 (2006) 204.
[2] N. Murakami, O.O.P. Mahaney, R. Abe, T. Torimoto, B. Ohtani, J. Phys. Chem. C, 111 (2007) 11927.

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図2:二重励起光音響分光法.定常光照射にともなう試料の光吸収の変化を検出することができる.

  2.2. DB-PASによる酸化チタン光触媒粒子の解析

  実際の半導体に,バンドギャップエネルギーより小さいエネルギーをもつ光を照射すると,全く光吸収が起こらないということはほとんどどなく,たいてい不純物や欠陥に起因する吸収が観測される. それらの情報は,半導体内にトラップされたキャリア(電子や正孔),さらには自由キャリアの情報を抽出する手がかりとなる. 半導体の特性はこれらの振る舞いによって大きな影響を受けるため,レーザー分光をはじめとする種々の分光的手法ににより,これらを観測する試みがされてきた.
  半導体微粒子も例外ではなく,光触媒の代表例である酸化チタンに,不活性雰囲気で励起光を照射すると,白色の酸化チタンが青みがかりり,フォトクロミズムを示すことが知られている. これは,電子の蓄積に起因しており(詳細は後述),比較的長寿命であるこの成分は試料によって大きく異なる. DB-PASを酸化チタンに適用すると,光触媒反応が起こる環境に極めて近い条件(温度・光強度・圧力)下で,光触媒反応場における「その場」で電子の挙動を観察が可能であり,これらの挙動が観測できる(DB-PASスペクトルの一例として,図3).
  以下2.3~2.7では,主に酸化チタンを例として述べるが,これ以外の半導体粒子においても適用可能である.

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図3:酸化チタン微粒子のDB-PASスペクトル.酸化チタン微粒子中の電子の振る舞いに起因するスペクトルの変化を観測することができる.

  2.3. DB-PASによる欠陥量の定量

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図4:半導体の再結合確率は,欠陥の特性に大きな影響を受ける.
 半導体粒子における光触媒反応は,光吸収によって生じた電子と正孔が,表面に吸着した化学物質と反応することによって進行する. したがって,化学物質の吸着量を支配する比表面積の大きい微粒子が,高い光触媒活性を示すという認識が強い. しかし,光触媒反応の量子収率を見積もると,ほとんどの光触媒反応においては,生成した電子と正孔の大部分は反応に寄与することなく再結合していると考えられる. この再結合の速度は,半導体中の不純物などにより生じた欠陥の量やエネルギー準位によって支配されており,これらもまた比表面積と同様に,光触媒反応の活性に大きな影響を及ぼす因子である. 光触媒の代表例である酸化チタンでは,酸素欠陥によって生じた不飽和のチタン原子に電子が捕獲された状態である三価のチタンイオン(Ti3+)が結晶欠陥を反映していると考えられており,これらが再結合中心や電子のトラップサイトとして働くことで,光触媒活性に大きな影響を及ぼしていることが報告されている [1].
 前述(2.2.参照)のように,酸化チタンにDB-PASを適用すると,紫外光照射にともなう過渡吸収を観測することができ,これが酸化チタン中に存在するTi3+を反映している. この吸収の経時変化は飽和傾向を示しており,DB-PASを用いてこの飽和量を測定することにより,短時間で簡便にTi3+量を定量することが可能である [2].

[1] S. Ikeda, N. Sugiyama, S. Murakami, H. Kominami, Y. Kera, H. Noguchi, K. Uosaki, T. Torimoto, B. Ohtani, Phys. Chem. Chem. Phys., 5 (2003) 778.
[2] N. Murakami, O.O.P. Mahaney, R. Abe, T. Torimoto, B. Ohtani, J. Phys. Chem. C, 111 (2007) 11927.

  2.4. DB-PASによる電子の反応性の解析

 DB-PASを用いて酸化チタンの過渡吸収を計測すると,Ti3+から酸素への電子遷移による挙動を解析することができる. 様々な酸化チタンについてこれらを解析すると,酸素吸着量の指標となる比表面積と減衰速度の関係に相関は見られないという結果が得られた. このことは,酸素吸着量が減衰速度の主要な因子ではなく,Ti3+の反応性や,酸化チタン中の全体的な電子の移動度が関与していると考えることができる. 電子の移動度は,Ti3+の密度やエネルギー準位の深さに大きく依存し,深い準位のTi3+が高密度に存在すれば,トラップされやすく,脱トラップしにくいため電子の移動度は低下する. 逆に,浅い準位のTi3+が低密度に存在すれば,トラップされにくく,仮にトラップされたとしても容易に脱トラップできるため,移動度は高くなり,速やかにアクセプターと反応できる.
DB-PAS測定を行うことにより,Ti3+の減衰速度を解析することで,電子移動度の評価をすることが可能である [1].

[1] N. Murakami, R. Abe, O.O.P. Mahaney, T. Torimoto, B. Ohtani, Stud. Surf. Sci. Catal., 172 (2007) 429-432.

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図5:(左)励起光下では,正孔が有機物との反応により消費し,電子が蓄積するこによりTi3+が生成する.(右)暗状態では,蓄積した電子が放出される.

  2.5. DB-PASによる助触媒性能の評価

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図6:効率の良い還元助触媒が担持されると,還元反応が速やかに行われることで,電子の蓄積が抑制され,生成するTi3+が減少する.
 励起光照射生成したTi3+の密度は伝導帯電子の密度に依存するため,そのときのTi3+を評価することにより間接的に伝導帯電子の密度を評価することができる. このことを利用すれば,還元助触媒の評価が可能である.例えば,助触媒として機能する金属粒子や電子アクセプターとなる金属イオンを修飾することにより,光励起生成するTi3+の量が大幅に減少することが確認できる. これは助触媒により効率よく電子が移動したことを示唆しており,このTi3+の減少挙動を解析することにより,還元助触媒としての性能を評価することができる [1,2].
 同様の評価は他の金属酸化物半導体にも適用することが可能である.酸化タングステンは,酸化チタンと同様にフォトクロミック材料として知られており,還元雰囲気下において励起光照射を行うことにより青みがかった色を示すことが知られている. これは,励起電子がW6+を還元しW5+が生成するためと理解されている. 酸化タングステンの伝導帯下端は酸素の単電子還元電位より正に位置するため,酸素還元には不利であることが知られているが,白金を担持すると酸素還元が効率よく進行することが報告されている. このことは,DB-PASによりW5+を追跡することにより確認することができ,白金を担持により酸素分子との反応速度が向上していることが確認できる [3].

[1] N. Murakami, T. Chiyoya, T. Tsubota, T. Ohno, Appl. Catal. A: Gen., 348 (2008) 148.
[2] N. Murakami, Y.Fujisawa, T. Tsubota, T. Ohno, Appl. Catal. B: Environ., 92 (2009) 56.
[3] R. Abe, H. Takami, N. Murakami, B. Ohtani, J. Am. Chem. Soc., 130 (2008) 7780.

  2.6. DB-PASによる電子注入量の評価

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図7:可視光を吸収し酸化チタンに電子を注入できるような化合物を,酸化チタン表面に修飾し,可視光を照射すると,電子の蓄積に起因するTi3+の生成が見られる.
  DB-PASを用いると,前述(2.5.参照)のような伝導帯から助触媒への電子遷移プロセスだけでなく,その逆のプロセスを観測することができる. たとえば,可視光の増感作用を示す金属イオンを酸化チタンに修飾すると,これらの化合物から酸化チタンへの伝導帯への電子注入を観測することが可能である. 我々は,酸化チタン光触媒にFe3+を修飾することにより,可視光照射下における光触媒活性の発現を確認している [1~4]. この光触媒をDB-PASを用いて解析すると,可視光を照射によってTi3+に起因すると思われる光音響信号の増加が観測されることから,光励起されたFe3+から酸化チタンへの電子注入が行われていることを確認することができる. 本手法は,色素増感太陽電池などの電子注入が鍵となるような太陽電池材料にも応用が可能である.

[1] N. Murakami, T. Chiyoya, T. Tsubota, T. Ohno, Appl. Catal. A: Gen., 348 (2008) 148.
[2] N. Murakami, Y.Fujisawa, T. Tsubota, T. Ohno, Appl. Catal. B: Environ., 92 (2009) 56.
[3] N. Murakami, A. Ono, M. Nakamura, T. Tsubota, T. Ohno, Appl. Catal. B: Environ., 97 (2010) 115.
[4] S. Kitano, N. Murakami, T. Ohno, Y. Mitani, Y. Nosaka, H. Asakura, K. Teramura, T. Tanaka, H. Tada, K. Hashimoto, H. Kominami, J. Phys. Chem. C, 117 (2013) 11008.

  3. PASによる光触媒の反応熱の検出

  PASでは光照射にともなう放熱現象であれば,光音響信号として検出することができるため,光化学反応にともなう反応熱の検出法としての検討が行われている [1~3].光音響分光法を半導体光触媒表面のような光化学反応が起こりうる場に適用すると,光励起種の脱励起にともなう放熱だけでなく,光化学反応によって生じた反応熱もまた,光音響信号に寄与すると考えられる.また,光音響信号は放熱によって生じた雰囲気気体の圧力変化を,マイクロフォンを用いることによって検出されるため,気体生成および消費にともなう圧力変化もまた光音響信号に寄与すると考えられる.しかし,これらの成分は同時に観測されるため,各々の情報のみを知るためには,これらを分離する必要がある.このような光励起により生じる成分は各々が固有の時間応答特性を有していることが多く,励起光照射に対する時間応答特性を利用し,時間分解測定の結果を解析することによって,各々の成分を分離評価することが可能である.我々のグループでは,さまざまな反応場において光音響信号の周波数依存性測定を行うことにより,光触媒反応の反応熱を検出することに成功している [4].

[1] R. C. Gray, A. J. Bard, Anal. Chem., 50 (1978) 1262.
[2] G. Bults, B. A. Horwitz, S. Malkin, D. Cahen, Biochim. Biophys. Acta., 679 (1982) 452.
[3] K. S. Peters, G. J. Snyder, Science, 241 (1988) 1053.
[4] N. Murakami, R. Abe, B. Ohtani, Chem. Phys. Lett.,451 (2008) 316.

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図8:光触媒反応下での光音響信号は,脱励起による熱,反応熱,気体の生成・消費 の和として観測される.
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